私の人生の大きなターニングポイントになった、イタリア演奏旅行について書いてみます。
私はかつて、都内の会社で営業職に就いていました。早朝、深夜、土日も関係なくサービス出勤し、わずかばかりの営業手当をもらって馬車馬のように働いていました。
この頃の私の心や私生活がどれだけ地獄だったかは、あるブログで取り上げてもらったことがあるので、興味のある方は読んでいただければと思います。
◯RAPTブログ読者の証言〈VOL.7〉漠然とした悩みや不安だらけの人生から解き放たれた30代女性。
そんな生活を送っていたところ、大学生の頃から続けていた社会人合唱サークルの知り合いから、「イタリアに演奏旅行に行かないか?」とのお誘いを受けました。
当時の私は土日も構わず出勤しているような状況だったので、早々に断ろうと考えていました。
しかし、このお誘いについて母に話したところ「そんな経験ができるのは今しかない。女性は結婚したり子供ができたら、なかなか自由に動けなくなる。どんなに大変でも行きたい気持ちが少しでもあるなら行ってきたらいい。」と背中を押してもらいました。
行きたい気持ちが20%、仕事に穴を開けられないという気持ちが80%でしたが、母のアドバイスに従い申し込むことに決めました。
そして、NOと言われたら辞表を出すつもりで直属の上司に相談したところ、あっさりOKが出ました。
慌ただしい日々の中、仕事に打ち込みながら演奏旅行のための練習に参加し、同僚への引継ぎを済ませました。
3月中旬、イタリアに出発する日がやってきました。
出発前日は徹夜で仕事を済ませ、朝方、始発の電車で家に帰りました。
「海外旅行前日に徹夜なんて・・・」とドン引きしている両親を片目に(笑)、家を走り回り1時間でパッキングして家を出ました。
そして、成田空港に向かう電車の中で少しの仮眠を取りました。
今思うとこんな無茶をしなくても・・・と思うのですが。
連日、深夜にならないと帰らない私の代わりに、母や父が旅先の必需品を色々と買い揃えていてくれ、最大のバックアップをしてくれたお陰で無事に出発することができました。
ところで、この旅行に誘ってくれたのは私の大学時代の恩師でした。
ダンディな見た目の恩師は普段話す声が既に素敵なのに、その歌声はセクシーでチャーミングで、ひとたび声を聴けば誰もが引き込まれてしまうような人物でした。
恩師がさらっと「音楽に溺れる日々を送るのもいいんじゃないか」と発言をしたことで、何人の女子が音楽の道に引き込まれてしまったことでしょう!それほど素敵な人物でした。
この旅行では、英語を少ししか喋れない私のために恩師がずっと通訳についてくれました。
恩師は急性白血病で2018年に他界しましたが、その声も笑顔もチャーミングな振る舞いも、今も私の心にずっと生き続けています。
寝不足の頭でアリタリア航空の飛行機に乗り込み、成田空港を出発しました。
その便には、イタリア人女性・男性、また日本人女性のチームがフライトアテンダントとして同乗していました。
初めて生で見たイタリア人は、骨格ががっちりしていて男女共に鎧でも着込んでいるのかと思いました。
皆が寝静まった頃にイタリア人男性のアテンダントが、ムッキムキの腕で「ジュースはいかが?」とサービスしてくれたのですが、甘い桃のジュースと筋肉が何とも言えないミスマッチで、笑ってしまいました。
イタリアに着き、国内線に乗り換えて1時間ほどで目的地に到着しました。
空港で口にしたカフェラテは味が濃くてクリーミーで、心が躍りました。
私は仕事から1週間開放されたこともあり、どこを見ていても普段の旅行以上に感じるものがありました。
演奏のために訪れたのは、トスカーナ州のモンテネーロ大聖堂(Il Santuario di Montenero)です。
教会に一歩足を踏み入れると、鈍感な私でも気づくほど”祈りの気”を感じました。多くの人が訪れ毎日のように祈っている場所なのだ・・・と実感しました。
到着した私たちを枢機卿が出迎えてくれました。枢機卿は、挨拶の中で3.11の大震災について触れ、「日本の方々は沢山の悲しみを乗り越えてきた」と言われました。
”ヨーロッパでは多くの人が教会に通い、信仰を持ちお祈りすることが生活の一部である”ということは、私にとって大きなカルチャーショックでした。
私は何か用事があるときだけお寺に通うくらいで、宗教に縁がなく育ちました。
それに対して、彼らは様々な困難や悲しみを祈りや信仰によって乗り越えているのだという事実に大きな衝撃を受けました。
”目に見えない神”を意識して生活していることが、とても不思議なことに感じられました。
通常、一般人は教会の祭壇に登れないのですが、この演奏旅行では「祭壇に登って歌うことができる」というのが大きな点でした。
主催者の先生が様々な交流を通して信頼を築いてこられ、このような機会をいただくことができました。
演奏会では、ロッシーニの小荘厳ミサ曲を演奏しました。
指揮者とピアニストの絶対的な信頼感。まるで息をするかのように自然に紡ぎ出される、心地よいピアノの音たち。
石造りの教会に祈りの気が立ち込め、その中に合唱が作り出す倍音が響き、”非日常”そのものでした。
「お願いだからこの旅行が1週間で終わらないでほしい、もっとこの環境で音楽をしていたい」と思いました。
最後に、旅先で撮った写真をいくつかシェアします。


