あるお茶会での出来事

クリスチャン

先日、ある知人たちとお茶に行った時の事です。

知人からもらった一つのアドバイスについて、ずっとモヤモヤしていたことがありました。

子供に関することだったのですが、なぜそんなに心に引っかかったのか自分でもよくわからず、しばらくモヤモヤして過ごしていました。

そんな中、モヤモヤした理由についてはっきりと答えてくれる御言葉が宣布されていることに気付きました。

2026年8月14日(金)
私たち義人は世に属する者ではなく、天に属する者だから、世の人と同じように生きてもうまくいくことはない。天に属した人は天の法に従ってこそ、永遠の命が保証され、この世でもあの世でも幸福に生きられる。

RAPT朝の祈り会(2026年8月分)より引用

この御言葉の冒頭で話されていることが、その理由でした。

おそらく、その方は一般的にこうした方がよい、と今までの経験で感じてきたことを伝えてくれたのだと思います。

ただ、私の家庭が毎日どのように回っているか、どんな状況かどうかもまったく知らずに、一般的な家庭ならこうすべき、と決めつけるようにアドバイスをされたことが、私にとって腑に落ちない原因だったのだろうと思いました。

私たちが外で人と会う時、その目に映っているのは、その人のたった一部分だけです。

誰かにアドバイスしようと考えた時も、私たちはその人が外に向けて振る舞っている、限られた一面しか見ることができません。

その人の全てを知っているのは、神様だけです。

その人の全てを見ているのは神様だけだから、神様にお聞きしない限り、その人にとってプレゼントになるようなアドバイスをすることはできないのだ、と悟りました。

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